商品制作ディレクターより

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• 「音楽のある風景」を20数年続けてきて、その間に様々なジャンルの商品を出してきましたが、70年代の洋楽だけは発売する気になりませんでした。理由はこの時代のアーティストやバンドは大物が多く、そのほとんどは商品収録の許諾が降りないからです。イーグルス、レッド・ツェッペリン、キング・クリムゾン、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ボブ・ディラン、ロッド・ステュワート、ディープ・パープル、エルトン・ジョン…。枚挙に暇がありません。70年代は大物アーティストの出現によって、洋楽が巨大ビジネスとなっていった時代。そういったアーティストたちの曲が入っていない70年代洋楽コンピレーションを出すことにあまり意味がないと私は勝手に決めつけていたのです。
  
  そんな私の間違った意識を変えてくれたのは視聴者さんからのある一通の手紙です。それはコロナ前の2019年の春会社に届きました。便せん10枚に多くの曲が書きなぐってあって、「これらはじゅうぶんに商品化の意味があるから検討して欲しい」と書かれていました。「アローン・アゲイン（ギルバート・オサリバン）」「天使のらくがき（ダニエル・ビダル）」「ナオミの夢（ヘドバとダビデ）」「ウィザウト・ユー（ニルソン）」「名前のない馬（アメリカ）」「ラヴィング・ユー（ミリー・リパートン）」、映画の「コンボイ」や「ベンジーのテーマ」など。それらほとんどの曲のイントロやサビが私の頭に浮かんできました。すべてがわくわくするような楽曲ばかりですがこれらだけだと特に目新しいわけではありません。しかし、その手紙には私が知らないマニアックな楽曲もたくさん書かれていたのです。1963年生まれで70年代を小中学生として生きた私が、その曲を知らないという自分の経験則だけで商品化の可否を決めることは危険です。
  
  オリコンさんの分厚い本からデータを洗い出すことから始めました。意外な発見でしたが、冒頭に挙げたような大物と云われるアーティストの曲はシングルチャートにあまり入っていないことが判りました。当時はアルバム主体の時代だったわけです。逆にシングル盤は洋楽一発屋の宝庫でした。字面で知らないと思っていた曲を聴くと、世代がずれている私でも知っている曲がほとんどでした。知っているどころか驚くばかりの高いクォリティーで、これら洋楽の様々なパーツが日本の歌謡曲でパクられていることが判ります。これはイケる。いや、これは手前味噌となりますが、「音楽のある風景」にしか出せない、そしておそらくはそこでしか売れない商品だと直感したのです。
  
  最初はとても楽しい作業に思えました。最終的な収録はCD8枚（パート１と２を併せて）で160曲。候補曲は600ほど集めました。チャートインしている楽曲を優先に、ランク外でも日本でよく聴かれた曲は残していく作業です。選曲と音集めまでは本当に楽しい作業だったのですが、リストを作成をし終わってからは沼でした。げんなりするような深い深い沼に長く入るうちに暗いコロナの時代が来ました。
  
  ソニーミュージックさんや私の出身母体であるユニバーサルミュージックで調べてもとにかく権利の所在がわからない曲が多いのです。70年代当時は東芝EMIやポリドールなど大手レーベルから発売されていても、半世紀近い歳月が流れているため、多くの曲が権利が切れていて連絡先も不明な状況でした。そこからは地道にインターネットで英語検索をかけて本人にたどることを試みます。フェイスブック、ツィーター、存命であれば本人のホームページ、あるいはファンサイトなどです。一例を挙げます。サム・カプーというハワイアン歌手が歌って日本でヒットした「ちょと待てください」という曲があります。聴いているだけで笑ってしまう愉快で平和な歌です。1971年のヒット曲で当時のCBSソニーから発売されていますが、残念ながら現在のソニーさんではとっくに権利が切れていました。この曲はネットでも引っかかってこないため、仕方なくハワイ中の大小含むたくさんのラジオ局にメールして情報を得ようとしましたが、本人や遺族、権利者に接触することはできませんでした。この曲だけで2年は追いかけました。なかなか、諦め切れないでいたある日曜日のことです。仕事用として自宅に持ち帰っていた『洋楽マン列伝』という本を読んでいたら、いきなりフジパシ（音楽出版社フジパシフィック）の朝妻会長がこの「ちょと待てください」は自分が手がけたと言及している下りを発見したのです。ハワイで流行っているという情報を得て自分が浮いていた権利を取得して、1971年にCBSソニーでレコードを出してもらったと。休日にソファで寝転がって読んでいた私は飛び起きて「やったぞ！！」と叫びました。日曜の昼間からビールを空けて独り乾杯をしたことを覚えています。しかし週明けにユニバーサルミュージック経由で確認したところ、残念ながらフジパシさんでももう権利は持っていないし、相手の連絡先は分からないという返事で、ここに至りさすがに万策尽きた思いで私はこの曲の収録を諦めました。CCRの「雨を見たかい」やビージーズの「メロディフェア（小さな恋のメロディー）」など、様々な理由で権利をクリアできなかった曲が他にも何曲もあります。
  
  逆に、何名かのアーティストさんとはネットで本人またはマネージャーと連絡を取ることが出来て単発で契約をしました。多くの権利者が好意的でした。アーティストにとって日本は洋楽をたくさん吸収してくれたありがたい存在だったようです。前払いでいくら、印税率はいくらという細かい交渉はユニバーサルミュージックに頼みました。結局そういう地道な作業が4年ほど続き、商品の発売は2023年までずれこみましたが、私のデスク前の壁にはずっと最初のきっかけとなった手紙をピンナップして励みにしていました。
  
  使いたくても使えなかった楽曲は他にもたくさんありましたが、私と制作スタッフとしてはベストを尽くせたと思っています。聴いていただけると分かりますが、時代の高揚感と薄ぼんやりとした幸福感も伝わってきます。解説書はとても豪華で読み物としても楽しんでいただけるはずです。今はユーチューブやアマゾンミュージックなどで古い音楽を手軽に聴くことができる時代ですが、それでもやはり私たちは形有るモノにこだわっていきたいと考えています。届いて手にしたときにわくわくしてもらえるような、開封して笑顔になってもらえるような、そんな商品をこれからもお届けしていけるように努力します。今後とも「音楽のある風景」をよろしくお願いします。
  
  　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　音楽のある風景 責任者
  　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ディレクター　日高 治彦